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<<   作成日時 : 2009/05/09 15:33   >>

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「傷痍軍人」といっても若い人にはわからないでしょうが、戦後の街中ではよく見かけました。戦地で負傷した元軍人なのですが、片足や両手を失い、並みな職業に就くことができなかった人たちのことです。色が褪せたカーキ色の軍服を着て、地面に座っている人もいれば、松葉杖をついてアコーディオンを弾いたりハーモニカを吹いて善意の寄付を求めていました。

軍服はカーキ色ということになっているのですが、すでにすっかり色褪せて、薄い水色のようだったと記憶しています。駅前の地下道は電灯も少なくて薄暗く、アコーディオンやハーモニカの音は悲しげにコンクリートの壁に響いていました。

片目に眼帯をした軍人さんもいて、子どもの私には地下道は怖いところでした。両側にずらりと並んでいる時などはただ目を伏せて足早に通り過ぎます。おとなは「見ちゃダメ、見ないで!」といいますけど、怖いもの見たさで、どうしても視線がいってしまうんですね。

あの人たちが「恩給」とかで救われるのは、ずっと後世になってからのことなのでしょう。みんなが貧しい時代でしたが、それでも気の毒な人からは目を逸らすという思いやりがありました。今日、精神に異常があると思われる子どもたちが集団で買い物体験に来ていましたが、それを見るその他の客の視線が実に冷たいのに驚きました。

蔑んだ眼差しで凝視する者も多く、あからさまに迷惑そうな顔をしたり。暖かい気持ちを期待するのは、もはや無理な世の中なのでしょうか。

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コメント(2件)

内 容 ニックネーム/日時
NAGAさん

「傷痍軍人」今は、死語になっているでしょうね。戦闘帽、軍服、白衣、包帯、松葉杖など。ハーモニカ、アコーディオン、弾いているのは「異国の丘」。悲しい風景でした。カンボジアでは、対ベトナム戦での傷痍軍人が沢山いて、同じような情景が展開しています。そう言う障害者への同情も、薄くなっています。ましてや、生まれながらの障害者は、社会の邪魔物、余計な存在と考える人が増えても、不思議ではありません。皆、自分さえ良ければ良いのです。社会的連帯感など、とっくの昔に消滅しています。やはり、上に立つ者の姿を、見習っているのですね。
shuttle
2009/05/09 19:08
shuttleさん、こんにちは。

不幸な目に会っている人に対しては慰めるか、あるいはそっとしておいてあげるべきだと教わりました。気づかぬふりをするのは冷淡なようですが、最も思いやりのある態度だということなのでしょう。
人間は考えもしなかった過失を犯すことがあります。後でどれほど反省しても取り返しのつかない過失もあります。その過失に本人が苦しんでいるというのに、メディアは罪を責め立てます。尻馬に乗って騒ぎまわる人たちの主張は正しいには違いないのですが、人間的な感情が欠けているように思えてなりません。
NAGA
2009/05/10 13:22

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