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<<   作成日時 : 2009/06/27 13:46   >>

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昔の旅館には下駄と傘が置いてありました。傘は開くと油紙の匂いがして、小雨に濡れた石畳を下駄の音をさせて歩く時、旅情を感じたものです。一般家庭でも油紙の傘を使った時代があるのでしょうが、私の記憶のなかにはありません。折り畳み登場もずっとあとのことでした。

うっとうしい雨も子どもたちには遊びのチャンスです。6年生くらいになれば濡れずに差すことができるようになりますが、低学年ではまだ力が足りないのか真っ直ぐに傘を支えることが難しいようです。そもそも傘を差すという気が全くなくて、持ったままずぶ濡れで帰って来たりします。

雨が上がれば傘は杖になったり木刀になったり、カエルやヘビを追いかける棒切れになります。過酷な使用に耐え切れずすぐに壊れてしまいます。孫は3年生ですが壊した傘は何本なのか。でも壊れても持って帰るだけ優秀ですよ。息子は持って行けば忘れてくる・・・。何本置いてきたか数え切れません。その頃は葬式の引き出物に、なぜか黒い傘がついてましたので助かりましたけど。あちこちに忘れられた故人のお気持ちはさぞ無念でしょう。

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コメント(4件)

内 容 ニックネーム/日時

初めまして!
遊びに来ました!
これからヨロシクお願いしま〜す<m(__)m>
ややちゃん
2009/06/27 14:03
NAGAさん

油引きの傘は「番傘」と呼んでいましたね。開くとくっ付いた紙が、ベリベリと音を立てました。懐かしいです。勿論私の子供の頃の家にある傘は、皆番傘でした。洋傘は「こうもり」と呼んでいましたね。黒一色で、骨の部分が、飛ぶ蝙蝠に似ていましたよね。
shuttle
2009/06/27 16:27
お久しぶりです。NAGAさん。
番傘、いや懐かしい。忘れもしません、戦争の終わった翌年昭和21年ですか
旧制の中学に入った年です。まだ戦争中の気持ちの残る頃ですね。
学校までは約一里、今で言うと4キロ弱の道を歩いて通いました。
雨が降り時折突風の吹く日でした。番傘をさして通学。
さほど広くない田圃の間を走る道、幾人かの通学生が歩いていました。
私のさした番傘が風に舞いました。落下地点は彼方の田圃の中です。
しばらく空を見上げていました。さてそれからどうしたかは、????
記憶欠落です。使い古いした番傘、バリバリでなく、ふにゃふにゃ。
一緒の友人の番傘の下で半分濡れて登校したのかも知れません。
最近、キーボード再読しています。やはり鋭いと感じながら。
sdaru
2009/06/28 11:17
☆shuttleさん、こんにちは。
こうもり傘懐かしい呼び方ですね!私たちも黒い傘はこうもり
と言ってましたけど今の傘とどう違うんでしょう。開き具合が
狭かったようにも思えますが。

☆sdaruさん。番傘は紙製ですからふにゃふにゃになったらもう
長くは持たなかったんでしょうね。大きくて重かった記憶があり
ます。
田んぼの中に着地した番傘は取りに行かなかったんですか?程よく
育った稲の上にふんわり止まる傘って、とても絵になる光景ですよね。
NAGA
2009/06/28 14:23

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