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<<   作成日時 : 2010/01/07 14:34   >>

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「若い頃、『そうどうしゅう』っていったら『あんたらは騒動ばかり起こしてるのか、それでそうどうしゅうっていうんだな』と言われて、以後『そうとうしゅう』っていうようにしてるんだ」とは元住職の話です。「なるほど。でも本来『そうとうしゅう』が正しいんじゃないですかね」(私) 住職はその地位を息子に譲り、今は孫が本山に修行に行っています。(写真が修行中の本山)

大晦日、ここ数年の習わしで老僧(失礼)が我が家に年越しに訪れました。酒とつまみ持参、若い頃は周囲が嫌がるほど飲んだようですが、最近はめっきり飲めなくなりました。コップに注がれた日本酒をチビチビ舐めながら、我々が代わる代わる運んで来る焼酎や酒を「これで5杯目だ」なんて数えています。

除夜の鐘は108打つのですが、煩悩を消滅して潔白な気持ちで新年を迎える仏教の行事であるようです。穢れが多い身としてはかなり耳に痛く響きます。煩悩とは人間の感覚器官である六根(目、耳、鼻、舌、身、意)に現れる想念で、「好、悪、平」という三つの感じ方をします。

その感じ方の程度は「浄」と「染」に分かれ、現在、過去、未来にわたって人の心を煩わせます。ということで、すべてを掛け合わせた6×3×2×3=108が煩悩の数になるというのです。その他、2、3の説があるようですが、いずれにしても煩悩の数が108だということは共通しているようです。

細胞のほとんどが煩悩に犯されている気もしますけど、今年もなだめつつ暮らすことにいたしましょう。

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コメント(2件)

内 容 ニックネーム/日時
NAGAさん

人間の欲望も、加齢と共に衰えるようです。昔あれほど盛んだった食欲、性欲、物欲、出世欲などは、すっかり影を潜めました。別に宗教的な修行をしなくても、煩悩の火は、歳を取ることによって、沈静化するんですね。高僧などが悟りきった顔で説教しますが、彼らには縁がなくなっているだけの話です。
shuttle
2010/01/07 19:34
shuttleさん。こんにちは。
人間は老化して死ぬものだと考えられていますけど、わざわざ古いものを新しく作っているようです。髪の毛は古くなって白くなるのではなくて、白い毛をわざわざ作っているのだそうです。40になれば太り、50になれば頭が薄くなって、60になれば耳が遠くなり、80、90で死んでいくとプログラムされていると考えられています。だとすれば、あらゆる欲から解放されるのもDNAのプログラムかもしれませんね。「悟った」と吹聴するのは僭越というものでしょう。
NAGA
2010/01/08 15:19

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