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zoom RSS オグリキャップ

<<   作成日時 : 2010/07/05 13:13   >>

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1985年生まれ、87年5月笠松(地方競馬)でデビューしたオグリキャップは、12戦10勝を携えて88年3月中央競馬に移籍しました。中央でも連勝を重ね、ハイセイコー以来の競馬ブームを巻き起こしましたが、クラシック登録を持たないばかりに三冠への道が閉ざされていました。

当時21歳だった武豊サンは「オグリキャップは嫌いです。何考えてるかわからないから」といいましたが、会話がまだ十分噛み合わなかったのでしょう。最強の好敵手タマモクロスと出会い「白い稲妻」と「灰色の怪物」として人気を二分しての芦毛対決は心躍るものでした。やがてタマモクロスが引退し、5歳を迎えたオグリキャップは、不屈の闘志と頑健さで競馬ブームを牽引します。

絶望的な位置からバンブーメモリーを差し切ったマイルチャンピオンシップ、そこから連闘で挑み、勝ち馬と同タイムの世界レコードを叩き出したジャパンカップ。馬主が脱税容疑で逮捕されたことも災いして激闘を余儀なくされ、同情の声が集まりました。その年6戦目の有馬記念で5着に敗れ、人気の絶頂にありながら年度代表馬のタイトルを取り逃します。

翌年、オグリキャップはたび重なる脚部不安に苛まれ、秋の天皇賞、ジャパンカップと惨敗します。「オグリは終わった」そんな風評も聞こえてくるなか、生涯最後のレース「第35回有馬記念」で有終Vに輝いたのです。3日午後、歴史的名馬は功労馬として繋養されていた優駿スタリオンステーションで、25年の生涯を終えました。
 

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コメント(4件)

内 容 ニックネーム/日時
NAGAさん

私は「オグリキャップ」の名前と、素晴らしい競走馬である事くらい走っていました。つい最近、死んだ記事が出ましたね。NAGAさんの記事で、その生涯の輝かしい経歴を知りました。茶色の毛並みが多い競走馬の中では、文字通り「毛色」が違っていて、ファンも多かったようです。ビデオなどで見ますと、性格もかなり荒々しく、制御するのには大変だったようです。まあ、人間世界でも、似たような「有名人」は多いですが・・。
shuttle
2010/07/05 18:12
馬には義足はないのでしょうか。
あわぞう
2010/07/06 08:11
shuttleさん。気性が悪く騎手のいうことをきかない馬を「くせ馬」といいます。折り合い(騎手と馬との呼吸が合うこと)がつかず、ひっかかって、首を高くして騎手が立ち上がって押さえているような場合は問題です。笠松時代の騎手だった安藤サンは「素直な性質だった」といってますので、競争の原理はしっかりわかっていたのだと思います。
NAGA
2010/07/06 14:47
あわぞうさん。馬は自分の足がなくては生きていけないのです。事業仕分けではありませんが「義足」では駄目なんです。テンポイントが競走中に骨折し予後不良と診断されて安楽死の処置がとられることになった際、ファンや世間からの大きな反響もあり、大手術を施したのち1か月半あまりの闘病生活を送りました。でも最終的には致命的な蹄葉炎を発症、500kg近い馬体も200kg台まで細化して衰弱死しました。血管が流れる4本の足がなければ生きるのが困難なのですね。
NAGA
2010/07/06 14:59

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