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<<   作成日時 : 2011/04/23 16:34   >>

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孫は家のお手伝いをするほうだと思います。掃除機をかけたり洗濯物をたたんだり、母親の肩を揉んだり、嫌がりもせず進んでやるので感心していました。報酬は「月給」としてまとめて支払われると小耳に挟みましたが労賃は知りません。家計に響くほどでないことは確かです。

孫の友だちが「風呂掃除」をするというので、またまた感心しました。風呂の掃除はかなり重労働ですし、面倒なんですよね。私の子ども時代は「風呂支度」を手伝いました。まだ水道はありませんでしたから、井戸からつるべで何回も水を汲み上げます。え?つるべを知らない?NHKで田舎をまわっているつるべじゃなくて、竿や縄の先におけをつけて井戸に下ろし、水を汲み上げるのですが、そのおけのことをいいます。

大きなバケツに何回も汲み貯めて一杯になる前に風呂まで運びます。一杯にしてしまうと持ち上がりませんから、昔は井戸と母屋が遠く離れていたのです。風呂桶に半分ほどになるとかまどに火をつけるのですが、これが容易にはつきません。なにしろ素人の作で煙突はあるもののコンクリの底面にマキを並べて燃やすのですから風を取り込めず、くすぶり続けます。相撲実況や笛吹童子を聞きながら煙にむせたものです。

苦労して沸かしたお風呂ではお湯は大事に使いました。石鹸を流すのも上がり湯も桶で少しずつすくって使ったのです。蛇口をひねればお湯が出て、いつでもシャワーが使える生活が当たり前になっていましたけど、大震災は水やお湯の使い方をあらためる機会なのかもしれません。

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コメント(8件)

内 容 ニックネーム/日時
朝顔に つるべ 取れれて 貰い水
と言う句がありましたね。
今だと何になるでしょう。
断水で 昔懐かし 跳ねつるべ
滑車はまだ上等、長い竿の先に石がついた跳ねつるべを思い出しました。
sdaru
2011/04/24 10:59
NAGAさん

昔は自分の家にお風呂があるのは、裕福な家で、多くは貰い風呂でした。他人の家のお風呂に、入りに行くのです。何人も入るので湯も汚れていましたし、石鹸使用など無理でしたね。戦後疎開した田舎の話です。我が家に風呂が据え付けられたのは、随分後です。勿論、ポンプで水を汲み上げ、薪を焚いて湯を沸かすヤツです。今では、プロパンガスの湯沸かし器で、蛇口を捻れば適当な温度で、あっと言う間にお風呂が満タンになります。昔を知るものにとっては、天国での生活ですね。
shuttle
2011/04/24 11:49
NAGAさんも古い人でんな〜・・・
アタシャ−、戦後人で新しい近代化世代ですが、生活体験はまさかの共有。
郷愁かも知れませんが、「幸福度」は今に倍するものが有ったような気がします。
で、懐古趣味で質素・倹約・自給・貧乏生活に回帰しようとしました。
が、伴侶がイケナイ!
まあ、都会民と田舎民の違いでしょう。
とは云っても私、毎日ビ−ル擬きを飲みながら、似非富民生活を謳歌していますだ!

阿Q
2011/04/24 11:50
子供にものを教えるには、仕事をさせるのがいちばん。
何十年か後にはそのことを思い出してもらえるでしょう。
あわぞう
2011/04/25 09:57
sdaruさん、こんにちは。
今の世ですと 原発に 放射能撒かれ 貰い水
あるいは 東電に 停電されて 貰い電 とか。
NAGA
2011/04/25 13:24
shuttleさん。若かりし頃、信州の友だちの家に遊びに行って、初めて五右衛門風呂に入りました。浮きぶたを沈めて入ることを知りませんでしたので、下駄でも履くのかと、あたりを見回したものです。素足で鉄底に座った石川五右衛門はさぞや熱かったことでしょう。
NAGA
2011/04/25 13:32
阿Qさん。お元気そうですね!
余命いくばくもないのか、最近は昔のことをよく思い出します。自分にも小さな子どもの時代があって、さまざまな苦労はおとなに任せ、縁側の陽だまりにいるだけで幸せでした。新生ビールに酔いしれて、ホンモノの幸せを謳歌してください。
NAGA
2011/04/25 13:48
あわぞうさん。そういえば昔は「農繁休み」というのがありましたね。田植えや稲刈りに子どもの手も借りたいほど忙しかったのでしょう。農家ではない私も便乗させてもらい、ノラリクラリと過ごしたものです。
NAGA
2011/04/25 13:54

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