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zoom RSS 井上ひさしさん

<<   作成日時 : 2010/04/12 14:34   >>

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井上ひさし氏の『日本亭主図鑑』は朝日新聞日曜版に連載されたエッセイでした。新潮社版のあとがきによれば「日本男性への不信が絶えず脳裏にあった。どうしてこうだめな人間の寄り集まりであるのか。敗戦後の国内改革の担い手は「連合軍」であったが、なぜ我々の父や兄でなかったのか。問題意識がなかったのか、勇気がなかったのか。

そして今でもその頃と事情は全く変わっていない。毎日の生活に汲々としながら、公害に蝕まれていく大地を、腐った政治家や企業家をただぼんやりと眺めている。こんな意気地のないことではいけない。ささやかなりとも人間回復の担い手として自分を鍛えなおさなくてはならない。己の日常を少しでも質の高いものにするために、地べたに這いつくばった姿勢から身の回りの現象を点検し直し、少しでも強くなろうと考えた」←元祖、たちあがれニッポン!

さて『亭主図鑑』といいながら亭主の図版はなく、女性の愚かしさばかり綴られ、亭主の置かれている悲劇的状況が強調されているのは「同志愛」の発露というべきでしょうか。女の愚かさはその伴侶である亭主の愚かさですからね。「女のことは男の責任、男のことは女の責任」なのです。ジョージ・エリオットという英国の女流作家がいいました。「私は女性が愚かであることは否定しませんが、全能の神は男性につりあうように女性を作られたのです」

時代に流されない社会風刺で日本と日本人を見つめてきた井上ひさしさんが亡くなりました。ご冥福を祈ります。


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コメント(4件)

内 容 ニックネーム/日時
NAGAさん

井上氏は、独自の世界観を持っていました。ユーモラスな中に鋭い風刺を籠めていました。氏の作品をそんなに多く読んだわけではありませんが、代表作の「吉里吉里人」は、読んだ記憶があります。かなり厚い本で、難義をしました。私達の文体とは違います。独自の文体、話口調を持つ人の作品は、誰に依らず苦労しますね。人柄も随分「変人」の部類だったようです。
shuttle
2010/04/12 19:16
井上ひさしの話を一度聴いたことがあります。
焼き鳥のたれのうまみの出し方だけがあたまに残っています。

ところで第三者の名づけた「たちあがれニッポン」は、やはりひとごとのように響きます。
「たちあがる日本」ならどうだったかと思っています。
あわぞう
2010/04/13 13:12
shuttleさん。笑いというものを大別すれば「ユーモア」と「パロディ」だそうですが「ユーモア」が上品で「パロディ」が下品であるとは限りません。「ユーモア」が「小さなものを偉大なものと比肩させる」のであれば「パロディ」は「大なるものを小なるものにおとしめる」ことであろうかとの井上氏の言葉です。
「我輩は猫である」でいえば、猫が人間と肩を並べ、飼主を批判する・・ここまでがユーモアで、人間でありながら猫に批判される苦沙弥先生が自動的に矮小化され、哄笑が湧き上がるところがパロディだという次第です。
NAGA
2010/04/13 13:26
あわぞうさん。
「たちあがれ日本、ワシ等が見ててやるからさ。見てるだけだよ、手は貸さない。金も出さない。さぁ立てるもんなら立ってみろ。それ、あんよは上手!」
傲慢・不遜な態度に涙も出ません。昔、同じような党名があったそうですね。
NAGA
2010/04/13 13:36

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